「ここでアートを体験した子どもたちがいつかアーティストとして戻ってくるかもしれない」
これは「ShinQs Gallery 5」運営責任者 佐久間天平氏にお話をうかがった際の、印象に残った言葉である。
こうした発言に象徴されるように、アートの提供の仕方を時間軸、そう、より長いスパンで捉えた場合、そこにはアートにおける文化的本質の一端を垣間見ることが出来るのかもしれない。
アートの余白×未完の美学
ここに1枚の絵画があったとする。それを“絵画”と受容するのは受け手である私たちであり、ことの次第によってはそれを“絵の具の塊”ないしは“絵の具による汚れ”と理解する余地も残されているわけだ。
ここに権威を以てして「これがアートなんです」と何処の誰かの“有難いお言葉”を頂戴したとする。
それを「偉い人が言っているのだから間違いない」と鬼の首でも取ったかのように自分の意見=感性として消費する輩がいる一方、若干謙虚な振る舞いで「私はあまり芸術とかそういった方の才能がないのでよく分からないのですが・・・きっと素晴らしいアートなんでしょうね。解ったらきっと面白いと思うんですけど」などという「いいお天気ですね」「そうですね」的な当たり障りのない世間ズレした不毛な文化談義に終始することしばしば。
もしも誰かが「これは〇〇なんです」と言ったとしよう。それに何の疑問も持たず「そうなんですね」とただ受容することだけに終始し、その後の取るべき行動が「だったら玄関にでも飾りましょう」とするのがアート空間の正解、ないしは予定調和なのだとしたら、それはもはやジャン=ジャック・ルソーもびっくりな“諸悪の根源”と言わざるを得ない。
もちろん、商業施設に設置されたギャラリーという性質上、また、作家たちが活動を続けていく上でも、作品に値段をつけて買ってもらうこと、ないしはその努力は必要不可欠であり、例えそれが玄関の飾りであったとしても別段問題はない。
少なくとも我々が経済社会を手放さない限り、それ自体は肯定されて然るべきものである。すなわち問題はそこではない。
心理学者ミハイ・チクセントミハイは、創造性を三つの要素からなる体系の相互作用の結果として捉える。
その三つの要素とは、一つには、それが記号体系の諸規則を含んだ文化であること。さらには当然のことながら、斬新さを記号体系の領域に導入する人(すなわち、今回のコンテクストにおいてはアーティスト自身)。そして、革新を見分け、それを正当と認める専門家(狭義の専門家以外も含む)たちの分野の場が必要とされる。
この分野の場、すなわちフィールドこそギャラリーであり、また、もしかすると鑑賞者=客であるところの私たち自身なのかもしれない。この場合、ギャラリーを訪れる鑑賞者=客がアートについての専門的知識を有しているか否かは必ずしも問題ではない。そもそも鑑賞者なきところにアートは成立しない。もちろん、“絵の具の塊”としてならば単独でもモノ(物質)として存在しうるだろうが。
こうしたフィールドに専門家が含まれるのは当然としても、私たち、いわば“通りすがりの眼(鑑賞者)”が、そこに入らぬ道理はない。選挙における一票は、ときに専門性を凌駕するのだ。
実際のところ、ルネッサンス期においてさえ、評価のフィールドを構成したのは必ずしも絵画の専門家、すなわち特定の専門的知識を有した人物だけではない。だからこそ、アートが文化、広く人類の遺産となりうるとも言える。故に遠慮はいらない。
美術館ならいざ知らず、少なくともギャラリーにおいては、その双方向性において、潜在的に私たち“通りすがりの眼(鑑賞者)”を評価のフィールドに組み込む可能性に満ちている。いわば“フィールドの解放装置”でもあるのだ。
我ながら、些か“深読み”といった感も無きにしもだが、こうした文脈において、佐久間氏が「ShinQs Gallery 5」の運営方針について「あまり尖って敷居の高いものにするつもりはなく、誰にでも親しまれる敷居の低いものにしたい」と語ったことは、新たな創造性を記号体系に取り入れるべく機能する“評価”に寄与する分野の場、フィールドを形成する新たな試みと受け取ることが出来よう。
知識の有無に関わらず、私たちはもっと積極的にアートとコミュニケーションをとるべきではないのか?そもそも“絵の具の塊”か? “アート”か?を決定する一因は私たちの眼(心の中)に内包されているのかもしれない。少なくとも、マルセル・デュシャンが作品自体の構造に鑑賞者を投げ込んで以来、私たちは社会的=文化的にすでにその資格を有しているのだから。大手を振ってアート空間を訪れようではないか!
こうしたある種の余白こそがアートスペースに本来求められるべきものなのではないだろうか。 その意味で、「ShinQs Gallery 5」が渋谷という再開発空間に出現した意味に期待したい。
“開発”という響きが持つある種の暗示、その魅惑の潜在性における動力は、“変化にともなう可能性”であり、そして“永遠に運動し続けること”であると見た。そう、再開発空間=渋谷にアートをトレースしたならば、それは“未完の美学”として昇華されよう。
筆者が訪れた7月のオープニング企画最終日、そのアート空間は五十嵐岳氏のパフォーマンスで満たされていた。
その明るく優しい人柄は、良い意味でアートの垣根を取っ払い、“敷居を低くする”ことに一役買っていたと言えよう。いわば、アートにおける“バリアフリーの精神的空間”を体感させてくれていた。アートとウェルビーイングといった文脈においても、今、最も注目に値するアーティストの一人だ!
施設情報
「ShinQs Gallery 5」
場所:東京都渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ ShinQs 5F
TEL:03-6434-1858
営業時間:平日・土 11:00~21:00 / 日・祝 11:00~20:00
アートと一緒に愉しみたい
-
渋谷ヒカリエ「Bar Español LA BODEGA」で味わうスペインの旅。アートの余韻と共に愉しみたい名物コース
続きを見る
#ART #渋谷ヒカリエShinQs
参考リンク:渋谷ヒカリエ ShinQs
執筆・撮影:関口純
(c) Tokyo Time